イルカ漁がなくなったとき

2010年03月09日 17:10

以下YAHOOニュース(読売)より引用

ザ・コーヴの監督「漁なくなった時が本当の受賞」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100308-00000591-yom-ent

3月8日13時26分配信 読売新聞

 「ザ・コーヴ」を日本で配給する映画配給会社「アンプラグド」の加藤武史代表は「作品として完成度が高く、見応えがあった点が評価されたのだろう。また、米ジャーナリストたちのイルカ漁への関心の表れでもあるだろう」と話した。

 また、ルイ・シホヨス監督は同社を通じ、「私にとって、イルカ漁がなくなり、この入り江が本来の国立公園として日本の人々の手に戻った時が、本当の受賞の日だと思う」とコメントを発表した。

以上引用終り

ほー盗撮行為もこれでアカデミーのおすみつきだな。

「私にとって、イルカ漁がなくなり、この入り江が本来の国立公園として日本の人々の手に戻った時が、本当の受賞の日だと思う」とコメントを発表した。

食べるために漁をするというのは、ある意味生命の尊厳に敬意を払う行為だと思うがな。

以前に「いのちの食べかた」(OUR DAIRY BREAD)というドキュメンタリーがあった。
鶏、豚、牛、魚、穀物などを機械的に食材に加工していく様子を淡々と描いた作品だ。
食べるとはなんなのか、命とはいかなるものかを問いかける、人間の業の深さを顧みざるを得ない、本物のドキュメンタリーだった。

予告編


生き物でないかのごとく機械的に処理される、生まれる前から死ぬことが運命付けられた家畜たちと、大海原を自由に泳ぎ狩られることもあるイルカは、どっちが生を謳歌しているのか?
少ないとは言え一定の危険を犯して漁をしているイルカ漁の漁師は、ある意味イルカと同じ位置に立っているのだ。
屠殺とは本質的に違う。

なにをどういっても分かりはしないのだろうが、ひとつだけ言っておく。
「イルカ漁がなくなったときは、入江から日本人の伝統が失われた時だ。それは日本人の手から永遠に入江が失われたときなのだ。それを望むのかと」

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コメント

  1. 古田慶次郎 | URL | kU3g/2a6

    Re: イルカ漁がなくなったとき

    牛も食うなと言いたいですね。クジラ碑・イルカ碑・何でも感謝し自然の恵みを大事にしている日本を見習うのはお前たちだろうと言いたいですな。

  2. グリッティ | URL | l7H4TccY

    古田慶次郎様

    コメントありがとうございます。

    いただきます、ごちそうさまの精神ですよね。

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