建国記念の日反対集会

2009年02月11日 23:31

以下NHKニュースより引用

建国記念の日 賛成・反対集会
2月11日 17時46分

 建国記念の日の11日、これを祝う式典や反対する集会が東京で開かれました。建国記念の日を祝う式典では、政府主催で建国の日を祝う行事の実施などを求める決議を採択し、反対する集会では、歴史に学びながら憲法が生きる21世紀と戦争のない世界を目指そうという決議を採択しました。

中略 
 
 一方、東京・中央区では、歴史研究者や教職員組合の人たちなどおよそ300人が参加して、建国記念の日に反対する集会が開かれました。
 
 この中で、憲法学が専門の愛知大学の小林武教授は「日本の憲法は民衆から愛され、平和の防波堤としての役割を果たしてきた。雇用不安など今日のさまざまな問題も、憲法の条項を生かすことで解決の道を見いだすことができるのではないか」と述べました。このあと、集会では「歴史に学びながら憲法が生きる21世紀と戦争のない世界を目指そう」という決議を採択しました。


以上引用終わり

まあなんというか短絡的というか、条件反射というか。

建国記念の日=紀元節=国家神道=軍国主義=戦争

という図式ですか、飛躍するね~

紀元節なんてものは、日本書紀にのっている初代神武天皇の即位日だぜ。
国家神道がそれを利用したかもしれないけど、それで紀元節に反対するんじゃ、自動車は死亡事故起こしたこともあるから反対と変わらんぜよ。

だいたい国家神道だって昭和に始まったものじゃなくて、明治からだろ。
明治時代も大正時代も全部否定するわけ?
だから教科書に東郷元帥も乃木将軍も出てこないわけだ。


江戸以前の日本には国家という概念がほとんどなかった。
外国の脅威を意識することがなかったからだ。
日本人だけで完結していた社会では、国を意識するより江戸時代なら藩など小さな地域体への帰属意識しかもち得なかった。

明治維新前に初めて外国の脅威を意識した日本の一部の人は、日本人に国家という意識を持たせるためにはどうしたらいいか考えた。
そのための天皇制であり国家神道だったのだ。
それによって日本人は明治に初めて日本人であることを意識し、日本という国家に属していることを認識した。

これが西欧列強から国を守り、富ました原動力になったのだ。
国家神道なしに国は守れなかったと思われる。

確かに国家神道が行き過ぎた面はあったろう。
だからと言って明治大正の先人達が、血と汗と涙で築きあげた国家「ニッポン」を全否定するようなことはとてもできない。
当時の危機感と国家的高揚感、維新から敗戦までの道のりには当然ながら幾多の人の様々な足跡が刻まれているのだ。

なぜそれらすべてを「戦争」という一色に塗り込められなければならないのだ。
あまりにも浅はかで、短絡的で・・・なによりも敬意というものがなさすぎる。

今、日本人が、日本があるのは、決して憲法のおかげではなく、先人の計り知れない尽力と献身の賜物なのだから。
それを忘れては決していけない。

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コメント

  1. 松崎 | URL | ch2f7abI

    反対するなら

    その祝日が嫌なら祝日にせずに働けと言っております。
    文句垂れる暇があること自体おかしなことです。
    次いでながら、そんなに日本が嫌いなら出て行けと。

  2. グリッティ | URL | l7H4TccY

    松崎さん

    コメントありがとうございます。
    遅くなりました。

    反対しながら休むのは、定額給付金に反対しながらもらうのと同じですかね(笑)

    >そんなに日本が嫌いなら出て行けと。

    そんなに嫌いな日本を良くしようと思ってるんですよ(笑)

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