迷走するメディア

2008年12月30日 09:23

以下産経新聞より引用

【政論探求】政治メディアは迷走していないか
2008.12.29 22:01
 現役の政治記者時代、新聞の政治面には「ハコ」があった。新聞によってタイトルは違うが、政界のこぼれ話を3本ほど載せるスタイルはほぼ共通していた。

 各社とも若手の記者が交代で担当する。政党や首相官邸、各省庁などの担当記者に「ハコネタありませんか」と電話をかけ、材料を集めて軽いタッチで書く。若手の文章修業の場ともなっていた。

 土曜にはあまり動きがないので、自民党では当番の副幹事長が、「ハコ」向けの会見を行う。幹事長室のベテランスタッフがざれ歌などを用意しておき、これを自作として披露するのだ。いまなら「やらせ」として批判されてしまうのだろうが、そうでもしないと「ハコ」にアナがあいてしまう。

 この欄がいつの間にか消えた。その代わりに、かつてならば「ハコネタ」扱いであったはずのものが、重大ニュースとして報じられるようになってしまった。

 麻生首相の「高級ホテルのバー通い」「漢字の読み間違い」などは、さしずめそのたぐいだ。政治記者がまなじりを決して報じるような話ではない。

 臨時国会終盤で民主党が出した解散要求決議もそれに近い。憲法にも国会法にも規定はない。出すなら内閣不信任案だ。

 自民党の渡辺喜美氏が賛成して、これまたビッグニュースになった。これが政局転換につながるというのなら、大きな扱いとなるのもわかるが、その気配はまったくない。

 法的拘束力のない決議案を野党が提出することの不可解さもたださず、これに造反者が1人だけ出たことに大騒ぎする。そういう政治メディアとはいったい何か。

 処分を受けた渡辺氏だが、自民党内には逆に結束効果とでもいうべき現象が起きている。解散要求を葬(ほうむ)ったのだから、解散先送りが完全に容認されたわけだ。解散時期をめぐるそうした「力学」の変化をこそ見極めたい。

 宮沢政権崩壊時には野党提出の内閣不信任案に自民党から大量の同調者が出て、これが2つの新党誕生につながった。あのころのダイナミズムとは比べようもないのだが、最近の政治メディアの「局所肥大症型」報道は異様に映る。

 内閣支持率急落で「政権末期状態」と報じた新聞もあった。本当にそうなのか。そうでなかったのなら、大きな活字がむなしく見える。

 昨年、「大連立」構想が浮上したとき、ほとんどのメディアは「大政翼賛会だ」などと非難した。いま、来るべき総選挙後に大連立再燃の可能性が現実味を帯びている。

 昨今の政治メディアの迷走は、大連立の意味合いを理解できなかったあのときに始まったのではないか、などと年の瀬に考えている。(客員編集委員 花岡信昭)

以上引用終わり

久々に読み応えある論説だ。

政治ニュースのバラエティ番組化は目に余るものがある。

麻生首相の「高級ホテルのバー通い」「漢字の読み間違い」などは、さしずめそのたぐいだ。政治記者がまなじりを決して報じるような話ではない。

法的拘束力のない決議案を野党が提出することの不可解さもたださず、これに造反者が1人だけ出たことに大騒ぎする。そういう政治メディアとはいったい何か。

本質を語るわけでもなく、ただただ瞬間的に興味を引きそうなネタを垂れ流す。
お笑い番組と変わりない。
バラエティ番組は笑っていればいいが(最近は笑えないものばかりだが)、政治でこれをやっていると、真面目に笑えない状況を作り出しかねない。
参照 雇用、急激な悪化鮮明 非正規労働者、失業8万5000人に  日経ニュースより

ではなぜ、政治ニュースが劣化したか?

それは以下の話と関連があると思う。
「10社ぐらいはつぶれる」 テレビ不況で制作会社の受難 J-CASTニュースより
毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化 J-CASTニュースより

低落していく視聴率、部数、広告収入を食い止めるため、視聴者、読者に迎合して、関心のあるニュース、あるいはニュースを関心持ってもらえるように加工し、提供している。
だから、政治ニュースも劣化したのだろう。

だが、それをやっても食い止められていないことに気づいているのだろうか?

必要以上に阿った、卑屈なコンテンツは所詮本当の魅力はない。
一時的に数字が上がっても結局前以上に落ちる。

即効性はなくとも引用記事のような読み応えのあるものを提供していくことしか、テレビ・新聞が生き残る方法はない。

それを生み出す力が既存のテレビ・新聞に残っているかどうか・・・・・・

最近の政治メディアの「局所肥大症型」報道は異様に映る。

おもしろくなりそうなところだけを抜き出そうとするから一部を拡大するのだが、これを繰り返しやっていると本質がなんなのかわからなくなる、わかろうともしなくなる。
思考力が低下しているのは否めない。

昨今の政治メディアの迷走は、大連立の意味合いを理解できなかったあのときに始まったのではないか

ねじれ状況を打破し、国会が機能するためには「大連立」しか手がなかった。
 関連記事 大連立
それは今でも変わらない。

政治をやる上で最も大切なのは、国家国民を守ること。
それが実現できるなら小異やこれまでの経緯を捨てて大同に立つべきだ。
これが本質。

大連立をマスコミがこぞって否定した後の政治状況はどうだろう?
表面ずらをなめただけの「大政翼賛会」批判は何を守ったのか?

思考力が低下し本質がわからなくなったメディアにもはや未来はなさそうだ。
たぶん自分たちの危機の本質もわからないだろうから。

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