真の武士道2(今村将軍と部下)

2007年11月18日 17:43

今村将軍はインドネシアから第8方面軍司令官としてニューブリテン島に位置するラバウルに着任した。

太平洋戦争図


日本軍は太平洋での制空権、制海権を失いつつあり、ガダルカナル島では補給が耐えたため戦死よりも餓死、病死が多いという惨状であった。今村将軍はやがてラバウルも補給が絶えることを予想し、苗や種子を持ち込み開墾して、7万人が自給自足できる体制を整えた。また、基地を空襲に耐えられるよう地下要塞化した。アメリカ軍はラバウルを空襲したが、基地が堅牢であったため攻略を見送った。こうして今村将軍は終戦までラバウルを維持し、その先見の明によって7万人を生還させた。

戦後、復讐に燃えるオーストラリア軍の戦犯探しが始まり、今村将軍の部下たちも裁判にかけられることとなった。今村将軍はあらゆる手段を講じて部下を擁護し、部下を処罰するなら自分を処罰するように求めた。多くの部下を救ったが、力及ばず服役しなければならない部下も多かった。今村将軍自身は10年の禁固刑を受け、巣鴨拘置所に収監された。ラバウル時代の旧部下が赤道直下のマヌス島で服役していると聞き、自身もマヌス島に送って欲しいと申請するも却下され、ついには、つてを頼ってマッカーサーに直訴するにいたった。その話を聞いたマッカーサーはこう回想している。「私は今村将軍が旧部下戦犯と共に服役するためマヌス島行きを希望していると聞き、日本に来て以来初めて真の武士道に触れた思いだった。私はすぐに許可するよう命じた。」と。

マヌス島では旧部下が劣悪な環境におかれていたが、今村将軍の人格によりオーストラリア軍の日本人に対する待遇も改善し、旧部下たちと一緒に約2年半耐え忍び、昭和28年7月ついに帰国となった。

帰国後は自宅に謹慎室を作り、自らを幽閉し質素な生活を続けた。困窮した部下が訪ねてくると親身に相談に乗り、援助を惜しまなかった。その行動につけこんで、旧部下を装うものも表れたが、わかっていてもあえて拒否はしなかったという。

今村将軍は温厚な人柄で部下や住民に慕われたが、一方戦犯裁判では一切卑屈になることなく堂々と反論したという。傲慢にも卑屈にもならず、筋の通った今村将軍の生き方は今の日本人に示唆を与えてくれるのではないだろうか。

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