日教組の論理破たん

2008年09月28日 02:59

なんか日教組で大騒ぎです。
中山成彬国交相が日教組について爆弾発言連発して、

日教組が強いところは学力が低い
②小泉さん流に言えば「日教組をぶっこわす」。この運動の先頭に立つ思いでいる。
③日本の教育のがんは日教組(日本教職員組合)だ。日教組は民主党の最大の支持母体で解体しなければいけない


もう辞任て、どうせならもう少し議論深めてほしかったな。

①これはどうも関連がないようだ。
都道府県別の日教組組織率という正確なデータが見つからないため、はっきりと検証できないが、
朝日新聞の記事や → 「日教組強いと学力低い」中山説、調べてみれば相関なし
産経記者 阿比留瑠比さんのブログ → 国学力テスト結果と日教組組織率に関連はあるのかないのか
中山大臣の思い込みと言われてもしょうがないだろう。

②③賛成ではあるが、もう日教組はその力を徐々に失ってきてもいる。
かつて8割を誇った組織率も3割を切り、長期低落傾向にある。
このままほっといても自然消滅するだろう。
その時代錯誤の左翼思想を改めない限りは。

日教組HPには、“子どもと教育を考える”というところに、「親子で学ぶおもしろ算数教室」というコーナーがあり、その中で例えとしてわざわざ何の関連もない沖縄の嘉手納基地とF-15を持ち出している。
http://www.jtu-net.or.jp/
自分たちの主義主張を教育に持ち込んで子供たちを何気なく洗脳している。
こんな活動を普段もやっているのだろう。
支持されるはずがない。

日教組は、ほかの左翼団体もそうだが、先の大戦を日本人として反省して、平和と人権を重視し、教育現場への国旗・国歌の持ち込みなど国家主義的な動きに反対している。
なぜ、戦前の一般国民は人権も抑圧され、強制的に徴兵されているにもかかわらず、日本人として反省せねばならないのだろう?
そしてなぜ、今の国民は日本人として国旗・国歌を崇めてはいけないのだろう?
戦前の日本人の行為は日本人として反省し、戦後は日本人として振舞ってはいけないのか?

ここに論理が破たんしている。

リベラル的な発想でいえば、戦前の一般国民は被害者ではないのか?
正確な情報も与えられず、戦争に駆り出された国民になぜ反省が必要なのだ?
反省すべきは国を運営していた指導層だけで良いというなら話は一貫している。
国家より「平和」「人権」という思想を上位に置くなら、戦前の一般国民に罪はない。
一般国民にも反省を強要することは“日本人であれ”と強いることじゃないか。
戦前限定で
そして戦後の日本では一転して“日本人であることは忘れてください”と言っているようなものだ。

逆に言うと、国旗国歌を強調する右寄りの人たちは戦前の日本国の行為も日本人として責任を持つべきと考えなくてはならない。
もっとも日本に罪はないと考えている人がほとんどでしょうが。

いつまでも日中戦争から太平洋戦争の終わりまでに起こったことに囚われつづけて、そこを起点にしかものを考えられないのなら、思考停止ということ。
かつて北朝鮮を礼賛していた事実の総括もないし。
経典にすがって、自己批判できないのは似非宗教団体と同じ特徴ですよ。
そんな団体に存在理由はない。

人気ブログランキング参加中!人気ブログランキングバナー小

FC2ブログランキング参加中!FC2ブログランキングバナー






ブログパーツ
関連記事
スポンサーサイト





コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://andreagritti.blog112.fc2.com/tb.php/346-219792fb
    この記事へのトラックバック


    最近の記事