河野洋平氏の戦没者を冒涜する発言

2008年08月16日 19:19

以下朝日新聞より引用

河野衆院議長「追悼施設設置、真剣に検討を」
2008年8月15日12時55分

戦没者追悼式での河野衆院議長の追悼の辞(要旨)は以下の通り。

     ◇

 今日のわが国の平和と繁栄は、戦没者の方々の尊い犠牲の上に築かれたものであり、私たちは300万余の犠牲を決して忘れてはならないと思います。残されたご遺族の悲しみを思います時、私は失ったものの大きさに胸ふさがれる思いであります。

 戦火に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々、わが国と戦って生命を落とされた連合国軍将兵のご遺族にとっても同じ悲しみであることを胸に刻まなければなりません。

 私たちが63年前の「決して過ちを繰り返さない」という決意を新たにし、戦争の廃絶に向け着実な歩みを進めることこそ、戦没者の御霊を安んずる道であると考えます。

 わが国と近隣諸国との関係において歴史に背景を持つ未解決の問題がとげとなり、摩擦を引き起こしている現状を考えるとき、私は政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる追悼施設の設置について真剣に検討を進めること、領土問題についても、お互いに内向きに領有権を声高に主張するばかりでなく、相手側と真摯(しんし)に向き合い、話し合いによる解決を実現していくことが強く求められていると考えます。

 私は、国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を宣言する日本国憲法の理念を胸に、戦争のない世界、核兵器のない世界、報復や脅迫の論理ではなく、国際協調によって運営され、法の支配の下ですべての人の自由・人権が尊重される世界の実現を目ざして微力を尽くして参りますことを全戦没者の御霊を前にお誓いし、私の追悼のことばといたします。

以上引用終わり

河野氏がどんな考え方をしようと、それは自由だ。
思うように発言すればいい。
しかし、時と場所は選ばねばならない。

戦没者追悼式は先の大戦で亡くなられた戦没者を追悼する式典だ。
戦没者のうち、軍人軍属の方々は特に「靖国」という存在を魂の拠りどころとされていた。
これは、その当時を肌で知らない我々には本当のところわからないほどの、深く、強い思いだ。

そのような思い懐いて亡くなられた多くの戦没者の方々を追悼することばとして、
すべての人が思いを一にして追悼できる追悼施設の設置について真剣に検討を進める
というのは適切か?
河野氏がそのような考え方を持っていたとしても、それをこの場で言う必要があるか?

これは追悼のことばとはいわない。
追悼式の場を借りた政治的発言だ。
そして、戦没者を冒涜する発言だ。

「靖国」を河野氏が好ましく思っていなかったとしても、「靖国」を思って亡くなられた方には、「靖国」に対して敬意を払った追悼の言葉をかけるべきではないのか?
卑近な例で大変申し訳ないが、生前たばこが好きだった人には、たばこが体に悪かろうと一緒に埋葬するではないか。

亡くなられた方を慮っていれば自然と行われることだ。

それすらできない人間は人とは言わない。
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