松本サリン事件の教訓

2008年08月05日 23:17

以下時事通信より引用

河野氏の妻澄子さん死去=松本サリン被害者-14年余意識不明・長野
 長野県松本市で1994年6月、オウム真理教が起こした「松本サリン事件」で、第1通報者の河野義行(58)さんの妻澄子さんが5日午前3時4分、サリン中毒で起きた低酸素脳症による呼吸不全のため同市内の病院で死去した。60歳だった。葬儀は5日、近親者だけで行う。
 事件は同月27日深夜に発生。澄子さんは事件以降、14年余り意識不明の状態が続いていた。河野さんが話し掛けると、表情が和らぐなどの変化もあったが、今年6月中旬になり容体が悪化し、介護を受けていた福祉施設から別の病院に緊急搬送された。
 澄子さんは今月4日、医師から余命1週間と言われていた。河野さんは5日午前2時45分ごろ、病院から澄子さんの容体急変の連絡を受け、病院に向かったという。(2008/08/05-12:23)

以上引用終わり

14年の闘病生活、さぞ苦しかったでしょう。
14年の看病、さぞ大変だったでしょう。
心からのご冥福をお祈りいたします。

この事件は、警察のリーク情報をもとにマスコミが河野氏犯人説の流布するという、日本のマスコミと警察の暗部を如実に現したものだった。

例えば
事実-サリンにやられて体に不調を感じ長男に「もうダメかも知れない」と言った
報道-「(事件を起こしたから)俺はもうダメだ」

事実-「毒を盛られたかも」
報道-「薬品の調合を間違えた」

そうして作り上げられた雰囲気に国民が乗り、反対意見は封殺される。
被害者であり、家族が意識不明になっている河野さんがいわれもない非難、好奇に目にさらされ、二重の苦しみを耐え忍ばなければならなくなった。
その苦痛、絶望はいかばかりだっただろう。

その後、地下鉄サリン事件が起き、オウム真理教の容疑者が逮捕された後でも、偏見は晴れなかったそうだ。

「地下鉄サリン事件被害者の親戚の方が私に手紙を送ってきて『罪を認めろ』と詰め寄りました。そして何より冤罪事件の当事者が苦しむのは、法的に無罪が証明されても世間の人々にとっては『検察が証拠を揃えられなかっただけで怪しいのは間違いない。何かあるに違いない』という思いです。これは報道によって形成されてしまいます。そしてその疑惑は生涯晴れることなくグレーのままなのです」。
ソースhttp://www.news.janjan.jp/living/0309/0309256806/1.php

これらの河野さんの苦しみに対し、誤った報道をし続けたマスコミ、それを誘導した警察は何かしただろうか?
謝罪しただろうか?きっちりと訂正報道しただろうか?補償しただろうか?
おざなりな訂正文だけだ。
すべてはやりっぱなし。そして何事もなかったかのように時は流れていく。

せめて我々は教訓にしなければならない。
マスメディアも警察も無謬ではないことを。
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