以下J-CASTニュースより引用
無差別殺人犯は「派遣」と「無職」 これは「格差社会のせい」なのか
2008/7/23
東京・八王子にあるショッピングセンターの書店で、女性2人が男に刃物で刺されて死傷する無差別殺傷事件が発生した。自称無職の男は「仕事がうまくいかず、親に相談したが乗ってくれなかった」などと供述しているという。相次ぐ無差別殺人事件の犯人は無職や派遣社員である場合がほとんどだ。直接的な因果関係があるかどうかは別にしても、インターネット上では「格差社会のせいなのか」をめぐって議論になっている。
「仕事がうまくいかないことで親に相談した」
東京・八王子の京王八王子ショッピングセンターにある書店で2008年7月22日夜、2人の女性が包丁で刺され、中央大学文学部4年生の斉木愛さん(22)が死亡した。警視庁は自称会社員の菅野(かんの)昭一容疑者(33)を殺人未遂の疑いで逮捕した。調べに対し菅野容疑者は、「仕事のことでうまくいかず、親に相談したが、乗ってくれなかった。無差別に人を殺そうと思い、文化包丁を買って書店に行った」などと供述しているという。一方、菅野容疑者の父親は「全部自分で勝手に仕事していて、親が相談に乗ってくれないなんて、そんな話は全然ない」と話しており、「仕事がうまくいかないことで親に相談した」とする容疑者の言い分を否定。菅野容疑者とは別居状態が続いていたという。
無口でおとなしい性格だったという容疑者は職場で負傷して療養中だった。8月からは職場に復帰する予定だったというが、無差別殺人に至った詳しい動機などは今のところ分かっていない。
「人と関わりすぎると怨念で殺すし、孤独だと無差別に殺すし 難しいね」
「誰でもよかった」
「なんかわかる気がする」
「チャンスは全ての人に平等に与えられるべき 生かせるか生かせないかはその人次第」
「もしかして、俺、チャンスを逃してるわけ?そんなチャンス、人生に一回もなかったけど」
こんな書き込みを携帯電話の掲示板サイトに残していたのは、東京・秋葉原で2008年6月8日に17人が死傷する無差別殺人事件を起こした派遣社員・加藤智大容疑者(25)。この掲示板サイトには、派遣社員として働くことにたいする不満や孤独感が吐露されていた。
08年3月に茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅構内で8人が殺傷された事件を起こした金川真大容疑者(25)もまた無職だった。金川容疑者は「複数殺せば死刑になると思った。だれでもいいから7,8人殺そうと思った」などと犯行の動機について供述。
無職の沢田尚哉被告(32)は2月17日、東京・新宿区の公衆トイレで用を足していたタクシー運転手を背後から金槌で4回なぐりつけ、殺人未遂の現行犯で逮捕された。「死のうと思ったが死に切れなかった。誰かを殺せば死刑になると思った」などと供述しているという。「無差別殺人」に手を染めたのは無職や派遣社員という、「格差社会」でいうところの「底辺」と呼ばれる人たちが突出して多いのが実情だ。これは偶然なのだろうか。
ネット上では、「無差別殺人」と「格差社会」について様々な議論
インターネット上では、「無差別殺人」と「格差社会」の関連性について様々な議論が交わされている。荒川沖駅での無差別殺人事件後の08年3月以降、様々なQ&Aサイトでこの問題について書き込みがされ、様々な回答が寄せられていた。
「不幸な境遇、格差社会の広がり、社会の底辺に置き去り。そんな事が原因なら、日本人の殆どが犯罪者になっているはず。格差社会が犯罪を生むなど、問題の摩り替えもいいところだ」
「格差社会は問題ですが、それだけで極端な犯罪に結び付くとは思えません。日本人の多くが格差にさらされてはいますが、何とかやっている人が大半です」
「無差別殺人犯もまた経済事情よりは人格形成期の家庭環境などが大きな影響を及ぼすので親の経済力が決定的な要因とは言えません」
「最近耳にする凄まじい数の犯罪は今の社会とは何らかの関係があると思っています」
今回の東京・八王子の無差別殺人では、ワイドショーのコメンテーターからも「社会のせいじゃない」「格差社会を考え直さなければいけない」などとさまざまな意見がある。
京都造形芸術大学・寺脇研教授は08年7月23日放送のテレビ朝日系番組「スーパーモーニング」で「むしゃくしゃして人を殺すのは絶対あってはならないが、20〜30代のまだ元気で働ける人たちがそういう状態になってるのは、本当に考え直さなければいけない」。作家の落合恵子氏も「全て社会のせいにするのはフェアじゃないが、社会のなかに原因がないのか点検しないと(無差別殺人の)連鎖は断ち切れない」と述べている。その一方で、フジテレビ系「とくダネ!」では小倉智昭氏が「こんなの社会のせいじゃない。戦後の苦しい時期にみんなが人を殺したのか」と憤る。
ただ、失業や不安的な雇用が若者に与える心理的影響が大きいのは間違いない。その意味で、凶悪な事件にもこの問題は重たくのしかかっている。
以上引用終わり
なぜこれほど論点がずれているのか?
社会的に不遇な人が凶悪犯罪を犯す?
バカ言っちゃいけない。
犯人が派遣や無職なのは、罪を犯したことと同様に、ある原因の結果である。
ではその原因はなんなのか?
それは、彼らが最初の人間関係である親子関係をうまく取り結べなかったこと。
そしてそれはすべて親の責任である。
親子関係をうまく取り結べないとはつまり、親の愛情を受けられなかったということ。
その上、すべての人間関係の土台となる親子関係がうまく結べないと、その後の人生すべての人間関係がうまくいかなくなる。
人間関係というものがどういうものか最初に学べなかったので、どうしたらよいかわからないからだ。
具体的にいうと、他人との距離のとり方がわからない。
親しくなった人に不必要な距離をとってしまったり、親しくない人に無遠慮に接してみたり、他人との適当な距離を計れない。
だから、親密な人間関係が築けなくなってしまう。
結果、親の愛情は欠落し、友人や恋人もうまくつくれないため、深い孤独と愛情の飢餓状態に陥ることになる。
当然学校生活や社会に出てもうまくいかない。
安定した職も得られないことが多い。ただ、そのために経済的に困窮したとしても、それが罪を犯す原因にはならない。その状態によって、「自分を社会が必要としていない」と感じることにより、犯罪への要因となりうる。
親からも社会からも、必要とされず、愛情を得られない。
だから、犯罪に走るのだ。
せめて自分の存在価値をその手に感じるために!
例えネガティブなことだとしても、無価値よりはいい!
暴走族が爆音をたて、交通ルールを無視し、派手な格好で走るのと同様だ。
人はみな愛されたいのだ!
必要とされたいのだ!注意を払われたいのだ!
ではなぜ親は子供と向き合えないようになったのか?
それはその親も親に向き合ってもらえなかったからだ。
連鎖する親子関係の中で、その転換点はどこにあったのだろうか?
私は敗戦のときだと思う。
人間の社会というものは、先祖を敬い、年長者に敬意を払うものだ。
その秩序が崩れたとき、社会は歪みはじめる。
日本の場合、敗戦で世の価値観が一変した。
昨日までの神国日本が、今日、自由と民主主義礼賛に変った。
手のひらを返すような人も多くいたという。
敗戦時、社会を主導してきた人たちの多くは、口をつぐむか、転向した。
そのとき、年長者の権威は崩壊したのではないだろうか?
その姿を見た子供たちは何を思ったのだろう。
自信をなくした親たちは子供に力強く思想や規範を諭せなくなる。
それを子供たちは自分たちへの愛情の不足と感じたのではないか?
権威が薄れ、敬う対象から滑り落ちた親を見て育った子供たちは、自分が親になったとき、やはり子供に遠慮してしまう。
そして子供たちはそれを愛情の不足と感じる。
1世代で一気にそうならないにしても、世代を経るごとにその傾向は顕著になっていく。
そして現在、親にも教師にも権威はなく、子供は愛情を求めて携帯に依存するこの社会、この日本。
これは「格差社会」ではなく、ある意味「格差なき社会」ではないか?
この負の連鎖を断ち切るためには、日本の歴史と民族を誇りを取り戻すことだ。
遠回りなようでもこれしかない。根本はそこにあるからだ。
日本の歴史と祖先に自信が持てれば、自ずと自分の存在にも価値を見出せる。
もう日本を卑下するような斜に構えた見方はやめ、正面から堂々と日本人であることに誇りが持てるように、まず教育から変えていかなければならない。
親が子を導けないなら、国が親になるしかない。
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無差別殺人犯は「派遣」と「無職」 これは「格差社会のせい」なのか
2008/7/23
東京・八王子にあるショッピングセンターの書店で、女性2人が男に刃物で刺されて死傷する無差別殺傷事件が発生した。自称無職の男は「仕事がうまくいかず、親に相談したが乗ってくれなかった」などと供述しているという。相次ぐ無差別殺人事件の犯人は無職や派遣社員である場合がほとんどだ。直接的な因果関係があるかどうかは別にしても、インターネット上では「格差社会のせいなのか」をめぐって議論になっている。
「仕事がうまくいかないことで親に相談した」
東京・八王子の京王八王子ショッピングセンターにある書店で2008年7月22日夜、2人の女性が包丁で刺され、中央大学文学部4年生の斉木愛さん(22)が死亡した。警視庁は自称会社員の菅野(かんの)昭一容疑者(33)を殺人未遂の疑いで逮捕した。調べに対し菅野容疑者は、「仕事のことでうまくいかず、親に相談したが、乗ってくれなかった。無差別に人を殺そうと思い、文化包丁を買って書店に行った」などと供述しているという。一方、菅野容疑者の父親は「全部自分で勝手に仕事していて、親が相談に乗ってくれないなんて、そんな話は全然ない」と話しており、「仕事がうまくいかないことで親に相談した」とする容疑者の言い分を否定。菅野容疑者とは別居状態が続いていたという。
無口でおとなしい性格だったという容疑者は職場で負傷して療養中だった。8月からは職場に復帰する予定だったというが、無差別殺人に至った詳しい動機などは今のところ分かっていない。
「人と関わりすぎると怨念で殺すし、孤独だと無差別に殺すし 難しいね」
「誰でもよかった」
「なんかわかる気がする」
「チャンスは全ての人に平等に与えられるべき 生かせるか生かせないかはその人次第」
「もしかして、俺、チャンスを逃してるわけ?そんなチャンス、人生に一回もなかったけど」
こんな書き込みを携帯電話の掲示板サイトに残していたのは、東京・秋葉原で2008年6月8日に17人が死傷する無差別殺人事件を起こした派遣社員・加藤智大容疑者(25)。この掲示板サイトには、派遣社員として働くことにたいする不満や孤独感が吐露されていた。
08年3月に茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅構内で8人が殺傷された事件を起こした金川真大容疑者(25)もまた無職だった。金川容疑者は「複数殺せば死刑になると思った。だれでもいいから7,8人殺そうと思った」などと犯行の動機について供述。
無職の沢田尚哉被告(32)は2月17日、東京・新宿区の公衆トイレで用を足していたタクシー運転手を背後から金槌で4回なぐりつけ、殺人未遂の現行犯で逮捕された。「死のうと思ったが死に切れなかった。誰かを殺せば死刑になると思った」などと供述しているという。「無差別殺人」に手を染めたのは無職や派遣社員という、「格差社会」でいうところの「底辺」と呼ばれる人たちが突出して多いのが実情だ。これは偶然なのだろうか。
ネット上では、「無差別殺人」と「格差社会」について様々な議論
インターネット上では、「無差別殺人」と「格差社会」の関連性について様々な議論が交わされている。荒川沖駅での無差別殺人事件後の08年3月以降、様々なQ&Aサイトでこの問題について書き込みがされ、様々な回答が寄せられていた。
「不幸な境遇、格差社会の広がり、社会の底辺に置き去り。そんな事が原因なら、日本人の殆どが犯罪者になっているはず。格差社会が犯罪を生むなど、問題の摩り替えもいいところだ」
「格差社会は問題ですが、それだけで極端な犯罪に結び付くとは思えません。日本人の多くが格差にさらされてはいますが、何とかやっている人が大半です」
「無差別殺人犯もまた経済事情よりは人格形成期の家庭環境などが大きな影響を及ぼすので親の経済力が決定的な要因とは言えません」
「最近耳にする凄まじい数の犯罪は今の社会とは何らかの関係があると思っています」
今回の東京・八王子の無差別殺人では、ワイドショーのコメンテーターからも「社会のせいじゃない」「格差社会を考え直さなければいけない」などとさまざまな意見がある。
京都造形芸術大学・寺脇研教授は08年7月23日放送のテレビ朝日系番組「スーパーモーニング」で「むしゃくしゃして人を殺すのは絶対あってはならないが、20〜30代のまだ元気で働ける人たちがそういう状態になってるのは、本当に考え直さなければいけない」。作家の落合恵子氏も「全て社会のせいにするのはフェアじゃないが、社会のなかに原因がないのか点検しないと(無差別殺人の)連鎖は断ち切れない」と述べている。その一方で、フジテレビ系「とくダネ!」では小倉智昭氏が「こんなの社会のせいじゃない。戦後の苦しい時期にみんなが人を殺したのか」と憤る。
ただ、失業や不安的な雇用が若者に与える心理的影響が大きいのは間違いない。その意味で、凶悪な事件にもこの問題は重たくのしかかっている。
以上引用終わり
なぜこれほど論点がずれているのか?
社会的に不遇な人が凶悪犯罪を犯す?
バカ言っちゃいけない。
犯人が派遣や無職なのは、罪を犯したことと同様に、ある原因の結果である。
ではその原因はなんなのか?
それは、彼らが最初の人間関係である親子関係をうまく取り結べなかったこと。
そしてそれはすべて親の責任である。
親子関係をうまく取り結べないとはつまり、親の愛情を受けられなかったということ。
その上、すべての人間関係の土台となる親子関係がうまく結べないと、その後の人生すべての人間関係がうまくいかなくなる。
人間関係というものがどういうものか最初に学べなかったので、どうしたらよいかわからないからだ。
具体的にいうと、他人との距離のとり方がわからない。
親しくなった人に不必要な距離をとってしまったり、親しくない人に無遠慮に接してみたり、他人との適当な距離を計れない。
だから、親密な人間関係が築けなくなってしまう。
結果、親の愛情は欠落し、友人や恋人もうまくつくれないため、深い孤独と愛情の飢餓状態に陥ることになる。
当然学校生活や社会に出てもうまくいかない。
安定した職も得られないことが多い。ただ、そのために経済的に困窮したとしても、それが罪を犯す原因にはならない。その状態によって、「自分を社会が必要としていない」と感じることにより、犯罪への要因となりうる。
親からも社会からも、必要とされず、愛情を得られない。
だから、犯罪に走るのだ。
せめて自分の存在価値をその手に感じるために!
例えネガティブなことだとしても、無価値よりはいい!
暴走族が爆音をたて、交通ルールを無視し、派手な格好で走るのと同様だ。
人はみな愛されたいのだ!
必要とされたいのだ!注意を払われたいのだ!
ではなぜ親は子供と向き合えないようになったのか?
それはその親も親に向き合ってもらえなかったからだ。
連鎖する親子関係の中で、その転換点はどこにあったのだろうか?
私は敗戦のときだと思う。
人間の社会というものは、先祖を敬い、年長者に敬意を払うものだ。
その秩序が崩れたとき、社会は歪みはじめる。
日本の場合、敗戦で世の価値観が一変した。
昨日までの神国日本が、今日、自由と民主主義礼賛に変った。
手のひらを返すような人も多くいたという。
敗戦時、社会を主導してきた人たちの多くは、口をつぐむか、転向した。
そのとき、年長者の権威は崩壊したのではないだろうか?
その姿を見た子供たちは何を思ったのだろう。
自信をなくした親たちは子供に力強く思想や規範を諭せなくなる。
それを子供たちは自分たちへの愛情の不足と感じたのではないか?
権威が薄れ、敬う対象から滑り落ちた親を見て育った子供たちは、自分が親になったとき、やはり子供に遠慮してしまう。
そして子供たちはそれを愛情の不足と感じる。
1世代で一気にそうならないにしても、世代を経るごとにその傾向は顕著になっていく。
そして現在、親にも教師にも権威はなく、子供は愛情を求めて携帯に依存するこの社会、この日本。
これは「格差社会」ではなく、ある意味「格差なき社会」ではないか?
この負の連鎖を断ち切るためには、日本の歴史と民族を誇りを取り戻すことだ。
遠回りなようでもこれしかない。根本はそこにあるからだ。
日本の歴史と祖先に自信が持てれば、自ずと自分の存在にも価値を見出せる。
もう日本を卑下するような斜に構えた見方はやめ、正面から堂々と日本人であることに誇りが持てるように、まず教育から変えていかなければならない。
親が子を導けないなら、国が親になるしかない。
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