憲法改正が日本の解放になる

2013年05月04日 20:42

中日新聞コラム「中日春秋」

 日本でも公開が始まった映画「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)は見どころの多い佳作だ。奴隷解放をめぐって起きた南北戦争の終結前に、合衆国憲法修正一三条を議会で可決し奴隷制を廃止する-。難関を正面突破したリンカーン米大統領の実像に迫っている

▼闘ったのは下院の「三分の二」の壁だ。与党の共和党からも奴隷制を認めて和平を進めるべきだとの声が強まる中、あらゆる手段を駆使し野党・民主党を切り崩し、わずかな差で修正一三条を可決した

▼約百五十年後の日本でも、焦点は三分の二の壁だ。改憲の発議に必要である「衆参各院の三分の二以上の賛成」を過半数に緩和する憲法九六条の改正が、参院選の争点に浮かび上がってきた

▼憲法の役割を、国家を縛ることだと位置づけるのが立憲主義の大原則である。多数派の横暴を防ぐ知恵である三分の二の壁を壊せば、国民投票しか残らない。立憲主義は踏みにじられる

▼政権から下野したわずかな期間を除けば、多数派であり続けた自民党が改憲条件の緩和を求めるのには、いかにも裏がありそうだ。その先に目指す社会像は、自民党の憲法草案に正直に書かれている

▼憲法を国民を縛る装置に百八十度転換させて、多数派の横暴に容易に歯止めが利かない社会。憲法記念日に九六条改正の先を想像すると、息苦しい未来が見えてきた。

以上引用終わり

上手いこと書いたつもりなんだろうが、底が浅いわ!

多数派の横暴を防ぐ知恵である三分の二の壁を壊せば、国民投票しか残らない。立憲主義は踏みにじられる

三分の二だろうがニ分の一だろうが、多数派の意見がまかり通れば“多数派の横暴”じゃないか。
もともと四分の三だったらものを三分の二にするという話だったらどうするのかと。

民主主義は多数決が原則なのだから、そもそも“多数派の横暴”という言葉自体、成り立たない。

三分の二の壁のために奴隷解放が成らなかったら、「三分の二はおかしい」と言うくせに。

多数派であり続けた自民党が改憲条件の緩和を求めるのには、いかにも裏がありそうだ。

よくまあこんなこと書けるな、一応公器と言われる新聞に。
こういうのを「下衆の勘繰り」というんだよ。

自主憲法制定を党是としてきた自民党が、長い間多数を握りながらも果たせなかった憲法改正。
それぐらい衆参それぞれ三分の二、というのはハードルが高い。
原理主義に凝り固まった政党が一定数の議席を占める中で、リンカーンのような切り崩しはほとんど不可能だ。
しかも参議院は半分づつの改選である。
一時の勢いだけでは三分の二は確保できない。

裏も何も、これが現実だろう。

リンカーンの「あらゆる手段を駆使し野党・民主党を切り崩し」を肯定するのなら、安倍総理のあらゆる手段、すなわち96条の改正から入るというのも許容されるのではないのか。
なにも三分の一でも改正できるようにしようというのではないのだから。

その上アメリカにはない“国民投票”という手続きがまだある。

確かに9条を改正したいのなら、真っ向から9条改正を目指せ、という意見も分かる。
しかし、70年近く、一度も改正されなかった日本国憲法は、9条以外にも、いくつも時代に合わない部分が出来ているのだ。
それらを、そのたびに三分の二の可決をし、国民投票をするという、莫大なエネルギーを必要とする手続きを踏むのは、もはや非現実的なのだ。
日本国憲法には、奴隷解放をなさねばならない条文がいくつもある。
一度の国民投票で、複数の改正を問い、結論を出すのが、安倍総理の狙いだと思う。

通るものもあれば、否決されるものもあるだろう。
けれど、どちらであっても、憲法改正の国民投票を行う事、それが日本にとっての解放となる。
戦後からの。

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コメント

  1. 通りすがりさん | URL | -

    Re:憲法改正が日本の解放になる

    憲法改正の最大の問題は必要な賛成数の分母として総議員数をあてているところにあると思います。
    通常の議案と同様、投票数を分母としていれば2/3でも良いとおもうのですがね。
    心配であれば議会出席数で定数の8割が出席する議会とでもすれば良いでしょう。

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