親日国ブータンの話

2011年11月17日 12:57

一川防衛相、宮中晩さん会欠席しパーティーに 読売新聞

 一川防衛相は17日午前の参院予算委員会で、ブータン国王を招いた16日夜の宮中晩さん会に欠席し、民主党参院議員の政治資金パーティーに出席していたことを明かし、「申し訳なかった。反省している」と陳謝した。

 晩さん会への欠席理由をただした自民党の宇都隆史氏の質問に答えた。

 防衛相は16日のパーティーで「宮中で催し物があり、他の大臣は皆そちらに行ったが、私はこちらの方が大事だと思って来た」などとあいさつした。

(2011年11月17日11時38分 読売新聞)

以上引用終わり

ひでーばかだな。これは即刻罷免もんだろ。
国賓に対して失礼千万。
しかも超親日国ブータンの国王陛下を招いているというのに。



ブータンは知る人ぞ知る超親日国。
その由来は、容姿が非常に似ていることもあるが、一人の日本人の活躍がきっかけとなっている。
1964年、農業生産高が非常に少ないブータンに、国際協力事業で一人の青年が訪れた。
西岡今治氏である。

かれは文字通り“無私”の貢献を、28年間ブータンのために行った。
それによりブータンの農業生産は飛躍的に伸び、人々の生活は驚異的に改善された。

その貢献を評価したブータン国王から、「ダジョー」(最高に優れた人)という称号を贈られたのである。

その後もブータンのために働いた西岡氏は、病に倒れブータンで息を引き取った。
文字通り、ブータンの地に骨を埋めたのである。

葬儀はブータンの農業大臣が葬儀委員長をつとめる国葬であった。

彼の業績をブータンの人々は今も忘れていないのである。

昭和天皇の大喪の礼に、ブータン国王が訪日。
当時日本は経済が絶頂の時で、訪れた各国は弔問外交で日本の支援を引き出そうとしていた。

しかし、ブータン国王はそのようなことはせず、弔問を終えると帰国した。
なぜ弔問外交を行わないのか、と問う記者に国王は
「私は日本国天皇への弔意を示しに来たのであって,日本に金を無心に来たのではありません」と語った。
→ 
早稲田商学第 420・421 合併 ※PDF

今年の東日本大震災に対しても、ブータン王国は供養祭を執り行うとともに、義援金100万ドルを贈ってくれている。



一川防衛大臣の話は、ブータンの人には聞かせられないな。
恥ずかしすぎる。


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