朝鮮の教科書には載っていない話

2011年08月16日 13:27

韓国・李大統領、植民地支配からの解放記念式典で「日本は正しい歴史を教える責任」 FNNニュース

 竹島問題などをめぐり韓国で反発が広がる中、李明博(イ・ミョンバク)大統領が、日本の植民地支配からの解放記念式典で演説し、「日本は正しい歴史を未来世代に教える責任がある」と述べた。
竹島問題には、具体的に言及しなかった。

 李明博大統領は「日本は未来の世代に正しい歴史を教える責任がある」と述べた。
さらに、李大統領は「われわれ国民は、すぎた過去を決して忘れないだろう」と強調した。

 自民党議員らによる鬱陵(ウルルン)島視察計画で日本への反発が強まって以降、李大統領が公の場で日韓関係に言及したのは初めてだが、竹島や日本海の表記問題へは直接触れなかった。
大統領としての発言が及ぼす外交的影響に配慮したものとみられる。

 一方、ソウル市内で行われたデモには数千人が集まり、日の丸が書かれた布に火をつけるなどして、竹島領有を訴えた。

以上引用終わり

毎年毎年進歩しないな。

「日本は未来の世代に正しい歴史を教える責任がある」

そっくりそのままお返しします。

「われわれ国民は、すぎた過去を決して忘れないだろう」

うそつけ!都合の悪いこと忘れまくりじゃん。

最近は韓国からも拙ブログに訪問者があるので、韓国の教科書には載っていない、非常に重要な一連の出来事をご紹介しようw


朝鮮半島最後の王朝「李氏朝鮮」は、明の朝貢国でした。
朝貢国は属国じゃないというのが朝鮮人の解釈なので、まあそれはそれでいいですw

長らく明に朝貢してきたのですが、明の北方に後金という国ができ、やがて清という国号に変わります。
もうお分かりと思いますが、清はのちに明を倒し、中国最後の王朝となる国です。

その清が李氏朝鮮に、「明攻めるから兵送れよ」と言ってきました。
しかし、李氏朝鮮は「あんな野蛮な国に協力できるか」と考え、清の要請を無視しました。

怒った清は朝鮮を攻め、40日あまりで朝鮮は降伏しました。
その時に建てられた碑文を「大清皇帝功徳碑」(三田渡の碑)といいます。

mitawatari

碑文の内容は

・愚かな朝鮮王は、偉大な清国皇帝に逆らった。
・清国皇帝は愚かな朝鮮王をたしなめ、己の大罪を諭してやった。
・良心に目覚めた朝鮮王は自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
・我が朝鮮はこの清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆らった愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。


この時以降、朝鮮王は清の使者が来ると、迎恩門で三跪九叩頭の礼(9回土下座)をして迎えていました。

ちなみに迎恩門は中国の使者を迎えるための門です。
この門は日清戦争で日本が勝ち、下関条約が結ばれると打ち倒され、独立門が建てられたのです。
なぜなら、下関条約の第1条に

清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。

こうあるからです。

この条約によって初めて朝鮮は独立し、その記念として独立門が建てられたのです。(燃やしてしまいましたがw)
その時一緒に、三田渡の碑も打ち倒されています。


この一連の、朝鮮独立に続く流れを朝鮮では全く教えていません。

不思議ですねwせっかくの独立なのに。

すぎた歴史をちゃんと忘れないように、教科書に載せて、碑もソウルの真ん中に移した方がいいんじゃない?
土下座しているレリーフの銅板外したりせずになw

dogeza
人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ お前が言うな!と思われた方はクリックを!
FC2 Blog Rankingへ
[朝鮮の教科書には載っていない話]の続きを読む
スポンサーサイト





最近の記事