もう一人のトモダチ

2011年04月24日 13:55

4月23日、オーストラリアのギラード首相は、外国の首脳として初めて、被災地・南三陸町を訪問した。

ギラード首相

海外では放射能汚染に関して、日本中が危険なような不正確なデマが流れている中、真っ先に訪問してくれたことに感謝をせずにはおれない。

また、ギラード首相は今回の訪日に一枚の手紙を携えてきた。
一人のオーストラリア少年の手紙だ。

アシュウィン君の手紙

手紙を書いたのはアシュウィン・クレスウェル君(9)。

アシュウィン君は新聞で、避難所で家族を探す相沢寿仁(としひと)君(9)の事を知った。

寿仁君は車で避難中、津波に飲み込まれ、父親と母親、祖母、いとこ2人と逸れてしまった。
気を失い目を覚ましたら、服の一部が竹の枝に引っかかり、廃材の上に寝ていた。
まわりに家族はいない。

行方のわからない両親やいとこの名前を書いたカードを両手に持ち、避難所を回る寿仁君。

aisawatoshihitokun

この話を知ったアシュウィン君は手紙を書いた。

「ギラード首相様。首相はほかの国の首相と話すことができると母から聞きました。日本の首相にこの手紙を送ることができますか?」。

「ギラード首相は彼のことを知っていますか? 彼は好物を食べたり飲んだりできていますか? 彼は好きなTシャツを持っていますか?」

「彼の両親が見つからなかったら、僕の家に一緒に住んでもいいです。僕のおもちゃで遊べるし、一緒に学校に行くこともできます」


 手紙を受け取ったギラード氏は3月29日、アシュウィン君の自宅を訪ねた。「あなたは優しいわ。とてもすてきな手紙よ」。日本の首相に必ず渡すと約束した。

 4月20日夜、ギラード氏は羽田空港に降り立った。翌日、菅直人首相(64)に手紙を渡し、「オーストラリアと日本の国民は一体です」と語った後、アシュウィン君に電話をかけた。「約束通り渡したわ」

日豪の絆 紡いだ少年の手紙 産経新聞

ギラード首相はこの手紙を受け取るため、アシュウィン君のいる西部のパースまでオーストラリアを横断し会いに行ったそうだ。

人が人を想い、伝え、行動すること、なんと美しいことか。

その後、相沢寿仁君はいとこの島勇人君と再会できたそうだ。

saikai相沢寿仁君(左)は、いとこの島勇人君(右)と6日ぶりに再会、表情が明るくなった=17日、宮城県石巻市、西尾邦明撮影 朝日新聞

アシュウィン君の手紙が、寿仁君に希望と友情を届けてくれるであろうことを信じてやまない。

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コメント

  1. アジシオ次郎 | URL | -

    Re: もう一人のトモダチ

     オーストラリアのギラード首相が南三陸町を訪問したことですが、誠にうれしいことだと思います。きっかけが9歳の少年が書いた手紙と言うのにもなおさら喜ばしいです。捕鯨問題では対立してはいるけどやはり日本は友人なんだ。という考えでしょう。オーストラリアの世論もまた。

  2. グリッティ | URL | l7H4TccY

    アジシオ次郎様

    コメントありがとうございます。

    鯨は鯨、これはこれでしょうね。
    一つの事で全部ダメにするのはお隣だけですから。

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